名古屋高等裁判所 昭和37年(ツ)5号 判決 1962年10月31日
判 決
上告人
林俊一
上告人
高羽たつ
上告人
西川武
右三名訴訟代理人弁護士
中根孫一
被上告人
加藤徳治
右当事者間の損害賠償請求事件につき名古屋地方裁判所が昭和三六年一一月一〇日言渡した第二審判決に対し上告人らから全部破棄を求める旨の申立があり、被上告人は上告棄却の判決を求めた。よつて当裁判所は左のとおり判決する。
主文
原判決を破棄する。
本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
理由
上告論旨第一点ないし第三点について。
所論は要するに、原判決は被上告人の本件執行文付与申請行為はいわゆる違法性を具備しないから被上告人の故意または過失を判断するまでなく不法行為を構成しないとして、上告人の請求を棄却したのは審理不尽理由不備の違法があり破棄を免れないというにある。
よつて案ずるに、原判決をみるに、原審は、(一)被上告人は上告人らとの間における原判示調停調書につき、上告人らに賃料不払の事実ありとして判示執行文付与の申請をなし該執行文の付与を受けた事実(二)上告人らは賃料は適法に供託し不履行の事実はないとして原判示弁護士に委任して判示執行文付与に対する異議の訴を提起し、同時に強制執行停止の申立をなし、右訴にて同人ら勝訴の判決を得、該判決は確定した事実(三)上告人らは同弁護士に対し原判示のような費用を支払つた事実を確定し右被上告人の執行文付与申請行為と上告人らの費用支出という財産上の損害との間にはいわゆる相当因果関係があるものとしながら結局被上告人の執行文付与申請行為には権利濫用の事実はなくいわゆる違法性はないとして不法行為の成立を否定したことは明らかである。
しかし一般的に不法行為の客観的要件たる行為の違法性の有無を論ずるには行為者の意思その他主観的事情を考慮することなく客観的基準において判断すべきものと解すべきところ、被上告人は前記執行文付与に対する異議の訴訟において敗訴し該判決は確定したのであるから結局被上告人の執行文付与申請は実体上の権利を欠くことに帰着しかかる執行文付与申請行為は公序良俗に反するものというべく従つて不法行為の客観的要件としての違法性を具備するものと断ぜなければならない。そうとすれば原審が被上告人の執行文付与申請行為につきたやすく違法性を具備せずとしたのは法令の解釈を誤つたものといわなければならない。
かくして被上告人の執行文付与申請行為が違法性を有しこの行為と上告人らの財産上の損害との間に相当因果関係が存する以上進んで不法行為の主観的要件として被上告人に故意または過失があつたかどうかを審理判断しなければならない筋合である。しかるに原審がこの点の審理判断を省略したのは明らかに審理不尽ひいては理由不備といわなければならない。尤も原判決によれば、原審は被上告人がした賃料増額請求という形成権行使の法的効果の解釈につき被上告人に錯誤があつたとしてもそれは法律的知識を有しない者として奇とするに足らないとしまた被上告人は司法書士から上告人らの賃料供託は不適法であるとの意見を聞いた上で本件執行文付与申請の手続をしたのであるからいわゆる権利濫用とはならないとし一見被上告人の故意または過失の有無につき審理判断しているようであるが被上告人の故意または過失を論ずるにはまず何をおいても被上告人が上告人に対してなした賃料増額の請求額を確定しなければならないそれが客観的にみて著しく過大にして不相当な請求額であれば被上告人の故意または過失を推定すべき重要な事項であるし反面それが客観的にみて相当でありまた著しく不相当でない請求額であれば被上告人の過失をも否定すべき重要な事項であるからである。しかるにこの点について審理判断した形跡のない原判決はやはり審理不尽ひいて理由不備のそしりを免れない。
よつて本論旨は理由があり原判決は破棄を免れないから民訴四〇七条一項に則つて主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所第三部
裁判長裁判官 坂 本 収 二
裁判官 西 川 力 一
裁判官 渡 辺 門偉男
上告理由
第一点 原審判決は理由四、において「……前記損害の原因行為たる控訴人のなした執行文付与申請が不法行為としての違法性を具備しているか否かにつき考えてみると……本件控訴人がなした行為が右述の程度の違法性を具備しているとは認め難い」として以下理由を述べているが結局は被控訴人(上告人)の供託が適法であつて控訴人(被上告人)の執行文付与は理由がないと判示しておるが、請求異議の訴で被上告人の執行文付与の申請が不当である旨の判決が確定しておる本件においては違法性が存しておつたことが明らかであるのに違法性がないと判断したのは不当である。申すまでもなく違法性とは正当な権利の行使でないことであつて、本件の執行文の付与なる重要な権利の行使は確当な範囲においてこれをなし、若しその範囲を逸脱するときは違法性ある権利の濫用として不法行為の責を負わねばならないものであつて、本件の如く一旦本件当事者間において成立した裁判上の和解調書の記載地料金以上の金員の不払を理由として執行文の付与を受けるのは適当な範囲の権利の行使でなく、逸脱した権利の濫用であつて適当な権利の行使を以て目すべからざるや勿論であるのに違法性なしとしたのは不当である。
第二点 原審は理由の五、において被上告人のなした執行文付与申請なる訴訟行為が不法行為となるには理由を欠く事実以外に権利の濫用であることを要すると判示し、更に訴訟行為をなする者が自己の主張が理由がないことを知りながら、専ら相手方を害しまたは自己に不当な利を得ることを目的として行動する場合に、最も顕著にこの権利の濫用があると述べておるが被上告人に仮に権利濫用を必要としても被上告人の本件行為は明らかに権利の濫用であると信ずる。
被上告人は執行文となつた調停調書(乙第一、二、三号証)作成も自ら出廷しておる、金融業者であつて本件訴訟行為の一切は同人がなし、請求異議の訴にも自ら出廷して訴訟行為をなしておる者であるから、本件当事者間の右和解調書に記載されていない金員の支払がないからとて執行文付与を受ける事は不当であることを熟知しておる金貸業者なる被上告人が上告人等を困却させる目的(地料値上に応じないので)でなしておることが明らかである本件においては権利濫用と云はねばならないのにこれに反した判断したのは不当である。
第三点 更に原審は、
被上告人は供託すれば債務不履行の責任を免れるものとの法律的知識を有していたとの事実は証拠上認められず結局被上告人の右申請は著しい不当性はなく、他にも違法性を肯認する事情は存しないと述べ更に六、において被上告人は多少軽率且不隠当であつたが不法行為としての違法性は具備しておらないし不当行為の他の要件の故意過失などの責任条件の存否を判断する要なしと、判断をなしておるが本件の執行文付与の内容である建物収去土地明渡の如き重要事項についてはその申請人に対しては高度の注意義務を要求されて然るべき被上告人であるが同人は金貸業であつて、総ての訴訟は全部自己が法廷に立つて訴訟行為をなし、特に本件の原因である執行文付与の申請も、同異議事件の訴訟行為も一切自己がなしておることは明らかなところであるが、かかる被上告人の執行文付与の趣旨を逸脱した行為は余りにも甚しい過失とは謂はねばならない(仮に故意が存しないとしても)のに原審が、不隠当であるが、違法性はなく、故意過失の判断を要しないとしたのは明らかな違法である。
仮に被上告人本人がその判断が出来ないとしても日本には弁護士なる専門の法律家が存して自己に権利なきや否や直ちに知り得る状況(岡崎市には十数名の弁護士がおる)であつたのにこれを利用せずして執行文の付与を受け、これに対して請求異議の訴訟を提起されて、応訴し、この際にも被上告人の不当であるかも知れぬとの認識が充分存在しておつたにも拘らず右執行文付与手続の取下手続もせず同人が不当である旨の判決を受けたのは少くとも故意か過失に基く不当の訴訟行為であつて上告人等の権利を侵害したものと言はねばならない。
若し被上告人は右上告人等の請求異議の訴訟において右不当の認識を得ると同時(昭和三十四年十二月二十三日訴提起し、甲第三号証の一、二、三)に同人は執行文付与の申請の取下又は取消もなし得る立場にあつたのはこれをなさずして
即ち上告人等の主張を調査して更に、名古屋の裁判所に何回も被上告人は出頭しておることであるから、法律相談は何回でも受け得られ、その結果不当行為に応ずる措置を執るべき義務があるのに、これをなさず漫然と執行文の付与を受けたまま約九ケ月訴訟を上告人等になさしめて上告人等の権利の侵害する結果となつた所為は尠くとも過失があると看做すべきである。
被上告人に余りにも予知していた不法の執行文付与なるが故に第一審の名古屋簡易裁判所の上告人等の三件共(請求異議の訴)の判決に対して被上告人は敗訴判決に全部控訴せず一審判決が直ちに確定したものである、右の如く被上告人は敗訴の判決迄受けたが、少くとも右応訴の途中より違法性の認識が充分存し爾後過失による権利侵害が発生したものと謂い得るのに全然不当性なしとして右の如き判断をなしたのは不当であつて破毀を免れないものと信ずる(最高裁第二小法廷昭和三〇年一一月二五日判決……昭和二八年(オ)第一四一六号損害賠償請求事件参照)
若し原審の如き判決が正当とすれば弁護士等専門の法律家以外の者のなした執行文付与申請は不法行為とならず賠償責任もないこととなつて、むやみに素人に執行文を付与して善人を困却させ、莫大の損害を蒙らしめる結果となり、法律を国民は知らなかつたからやむを得ないこととなり又公の法律相談所も、弁護士も何処でもあるのに原審の判旨の如く司法書士の誤つた判断を根拠として不当の行為でないとしたならば、正当な法律上の判断をなす人が日本に公的に存するに拘らず法律家でない人に意見を聞いてそれを根拠として不法行為をなしても故意、過失もなく賠償責任がない結果となつて誠に悪人の保護に厚い不当な結果となるおそれがある等、原判決は審理不尽理由不備の違法があり到底破棄を免れずと思料致します。 以上